「君は鳥のような匂いがするね」
「それはぼくの猫が鳥を食べたからだよ」ここに扱われている薔薇は、おおむね狂気と死との彩りであって、その香りは苦く、色彩はむしろ幻覚に近い。薔薇への偏愛がいざなう、神秘にみちた薔薇園の迷宮…秘密の花園では少年も私もこの世のものではなくなり、牧神や聖女は現実となる…妖しく甘美な色彩と芳香にひそむ死と幻想と耽美の世界に仕掛けられた薔薇の罠。名作『虚無への供物』の作者の、薔薇ミステリー集大成。妖しく薫る12の薔薇奇譚。
(「BOOK」データベースより)表紙の画像を探したのですが何処にも無かったので、携帯で撮った画像で失礼します(笑)
虚無への供物もまだ読んでないのにこっちから読むと言うのもどうしたもんかと思ったのですが、読んでしまいました。
中井英夫・「薔薇への供物」です。
この方の著書「虚無への供物」は、「黒死館殺人事件」「ドグラ・マグラ」と合わせて三大奇書(「匣の中の失楽」も加えて四大奇書とも)と評されています。
三大奇書たる「虚無への供物」や泉鏡花賞を受賞した「悪夢の骨牌(カルタ)」は皆知っていても、「薔薇への供物」は知らないんじゃないかと思われます。今しがた調べて来たところ、中井英夫は晩年年収40?50万と言う極貧生活を送っていたそうなので、晩年期に発刊されたこの本もそれほどは売れなかっただろうからです。
とは言ってもこの「薔薇への供物」は、他の作品にも収録されている短編を選ってきたようなものなので、有名と言えば有名なのかも知れません。とにかく、薔薇の香気が満ち満ちています。それこそ噎せそうなくらいに。
薔薇をあしらった全12編の短編集であるこの本ですが、その中から気に入った作品を一つさわりだけ紹介しようと思います。
類を見ぬほどの善政を行うと評判の領主、エグジール侯は、非常な美貌を持つと宣伝されながらも人前に出ることを極端に嫌い、常にドミ・マスクを身に付け、側近以外の者は誰も近くに寄せ付けなかった。
そんな候の秘かな愉しみは、男女の裸体を蔓薔薇に括り付け、その棘が彼らの肌を切り裂くのを見ながら宴を催すと言う何とも変態的なものらしかった。
薔薇の贄になる男女は、途中で失神したり醜態を晒したりせぬようあらかじめ厳しい訓練を受けてから城へ上る。セレストと呼ばれる牧童頭の所へ訓練を受けに来た青年、ジュペールもまた、そうした薔薇の贄となるために選ばれた一人であった。
セレストは、最初こそ自分の所へ来たのが美しい女で無い事に落胆したが、調教を続ける内に此の美しい青年が自分に奉仕すると言う事実に段々とむず痒い興奮を覚えて行く。
青年は飽くまでセレストに従順で、逆らったりする素振りは見せなかったが、彼の持つ澄んだ瞳と優雅さは褪せることが無かった。
気の向くままに調教を仕掛け、鞭打ち、唾を吐き掛けまでしたのに、セレストは此の優雅な青年が逆に自分の主になりかけているのを悟る。
「薔薇の縛め」と題されたこの作品ですが、読み終わった瞬間快哉を叫びました。
“こう云うのを待ってたよ!”と言う喜びと、“何処かで見たことのある情景だなあ”と言う既視感とが交じり合って何とも言えない精神状態に陥ったのを覚えています。
実は
このジュペールこそがエグジール侯その人であり、後日城に呼ばれたセレストがそれに気付き慄く、と言う美味しいオチが付いているのですが、変態的な宴を催していると噂されているその人が薔薇の贄として調教されにくる辺り、そんな宴は端から無いような気もして来るし、エグジール侯の持つマゾヒスティックな性癖だけが浮き彫りになってくるような気もしてしまいます。単なる牧童頭であるセレストのサディスティックな性癖とばっちり合致して、どうにもこうにも美味しい話でした。下克上と言うかなんと言うか精神的リバと言うか、えーっと言葉の意味が解らない方は読み飛ばして下さい(笑)とにかくご馳走様でした(笑)
他にも「薔薇の獄」、「呼び名」などなど、思わず頬が緩んでしまうような耽美な作品が目白押しです。
段々とレビューが同性愛好きな方向けになってきてますが、元々そう言うスタンスでやってるので最早弁明はしません(笑)